暗唱したい聖句:勇気
神のみことばを心に蓄えましょう — 一節ずつ。
ですから、私たちを心から愛してくださる方を、どうして恐れる必要がありましょう。もし恐れがあるなら、それは、神が私たちに何をなさるのか不安をいだいているからです。神の完全な愛は、そんな恐れをすべて取り除きます。恐れている人は、神の愛をまだ十分理解していないのです。
私たちは四方八方から苦しめられ、圧迫されますが、押しつぶされ、打ちのめされることはありません。「どうしてこんなことが」と途方にくれることがあっても、行きづまることはありません。 迫害されますが、神に見捨てられることはありません。打ち倒されても、また立ち上がって、前進を続けます。 この体は、かつてのイエス様がそうであったように、いつも死に直面しています。ですから、私たちを安全に守ってくださる方は、私たちのうちに生きておられるイエスだけであることが明らかになるのです。 まことに私たちは、主に仕えているために、絶えず死の危険にさらされています。しかし、そのことでかえって、死ぬべき私たちの体によって、イエス・キリストのいのちを明らかに示す機会が与えられているのです。
愛する皆さん。このことを、わきまえていてほしいのです。ここで私の身に起こったことはすべて、キリストについての福音を広めるのに、たいへん役立っているという事実をです。 周囲の人たちはみな、兵営の兵士に至るまで、私が、ただクリスチャンであるというだけの理由で投獄されていることを知っています。 また私を見て、ここにいる多くのクリスチャンは、投獄など恐れなくなりました。彼らは耐え忍んでいる私の姿に勇気づけられ、ますます大胆に、キリストのことを人々に語るようになったのです。
だから、勇気を出してこの仕事をやり遂げよ。仕事の大きさに恐れをなしてはならない。私の神様がついておられるからだ。神様は決しておまえをお見捨てにならない。それどころか、すべてがみごとに完成するよう、しっかり見届けてくださる。
お金を愛する心を捨て、いま与えられているもので満足しなさい。神は、こう約束しておられます。「わたしはどんな場合にもあなたの期待にそむかず、あなたを見捨てない。」 ( ) ですから、私たちは確信をもって、こう答えることができます。「主は私を助けてくださいます。だから何もこわくありません。人間が、私にどんな手出しができましょう。」 ( )
ですから私たちは、奴隷のようにいつもびくびくする必要はありません。神の家族の中に子どもとしてあたたかく迎え入れられたのですから、実の子どもらしくふるまい、神を「お父さん」と呼べるのです。
しかし、脅迫する者たちを恐れてはいけません。やがてほんとうのことが明らかになり、彼らがひそかに巡らした陰謀は、すべての人に知れ渡るからです。 わたしが今、暗闇で語ることを、明るいところで大声でふれ回りなさい。わたしがあなたがたの耳にささやいたことを、屋上から言い広めなさい。 体だけは殺せても、たましいには指一本ふれることもできないような人々を、恐れてはいけません。たましいも体も地獄に落とすことのできる神だけを恐れなさい。
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